大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(う)387号 判決

本籍

京都市伏見区中島堀端町四一番地

住居

右同所

農業

山本壽

昭和三年八月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年二月二七日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大谷晴次 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本淳夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山下善三作成の答弁書及び検察官大谷晴次作成の答弁補充書記載のとおりであるから、これらを引用する。

よって、所論と答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討して、次のとおり判断する。

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は、自己が所有する原判示の京都市伏見区中島外山町の土地四〇〇坪を売却譲渡したことに伴う本件譲渡所得税の申告に関し、原判示の玉田善治を介して、全日本同和会京都府市連合会会長鈴木元動丸から、全日本同和会に頼めば税金が安くなると勤められ、同人に頼めば合法的に節税してもらえるものと考え、本件譲渡所得税の申告を依頼したのであって、右鈴木ら原判示の共犯者らと脱税を共謀したことはなく、脱税の故意もなかったから、これらの点において、原判決には事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、原判示所得税法違反の事実は、所論の共謀及び犯意の点を含め、優に肯認することができ、原判決が右認定の理由として説示するところも相当として首肯することができる。

すなわち、右証拠によれば、〈1〉 被告人は、かねて自己の所有地の一部を、原判示の玉田善治や鈴木元動丸らが役員をする会社の事務所や駐車場用地として賃貸していたが、昭和五八年二月ないしは三月ころ、玉田を介し、鈴木が会長をしている全日本同和会京都府市連合会(以下単に「同和会」ともいう)を通じて納税申告をすれば税金が安くなるから、同会に申告を依頼するよう勤められたので、そのころ玉田を通じ、昭和五七年及び五八年分の所得税の確定申告(但し被告人の給与所得及び土地賃貸に伴う不動産所得のみ)を鈴木に依頼したところ、それまでは、年五〇万円以上の所得税(昭和五五年分が五九万〇二〇〇円、同五六年分が五四万一二〇〇円)が課せられていたのに、右昭和五七年分及び同五八年分については、昭和五五年分及び同五六年分のいずれもの一割に満たない税額(昭和五七年分が四万九七〇〇円、同五八年分が四万一四〇〇円)にとどまったこと、〈2〉 被告人は、昭和五八年七月一八日に原判示土地を代金三億〇七〇〇万円で売却譲渡したが、税金逃れのため買主との話合いで、右売買契約書には右代金を二億四〇〇〇万円と圧縮して記載し、差額の六七〇〇万円は裏金として授受し、その後玉田に紹介してもらった税理士事務所に右圧縮代金を基準にした譲渡所得税の概算を頼み、概ね約二〇〇〇万円位所得税を納付することになると告げられていたこと、〈3〉 同年一一月ころ、被告人は前記土地譲渡に伴う所得税申告に関し、鈴木から直接に、或いは玉田を介して間接に、鈴木(ないしは同和会)に右申告を委せば、税金が格段に(ないしは半分位に)安くなるから頼むように勤められたので、この際鈴木に頼んで相当額の所得税を免れようと考え、翌五九年二月ないしは三月ころ、その旨を鈴木に対し、玉田を介して依頼し、前記土地の売買契約書等証憑書類を交付(但し右契約書表示の代金額が圧縮されていることは告げていない。)するとともに、買換土地を物色中であることを理由に、右譲渡所得税の申告期限延長申請をも依頼したこと、〈4〉 そこで鈴木、納税申告事務の実際を担当する同和会事務局長長谷部純夫に対し、右被告人の依頼の趣意どおり脱税申告等を実行するよう指示し、長谷部においては右指示を了承したうえ、税務当局と接渉した結果、前記譲渡所得税の申告期限の猶予が認められて、右申告は昭和五八年分所得税の修正申告の形で同六〇年四月末までの間に行えばよいことになったこと、〈5〉 その後、長谷部らにおいては、右申告猶予期間に合わせて、原判示のような内容虚偽の所得税修正申告書を作成するなどしたうえ、同年四月一九日に至り、右修正申告書を所轄の伏見税務署に提出したこと、以上の事実が認められる。

所論は、被告人において、同和会が適法な納税申告をすると信じていたので、鈴木に対し本件所得税の申告を依頼したのであり、もし、鈴木ないし同和会において違法な納税申告をするのであれば、これを依頼していない旨主張する。

しかし、被告人は、検察官による取調べに対し、本件脱税を鈴木らに依頼するに至った動機ないし経緯について、大要、「自分はかねて人づてに同和会に納税申告を頼めば税金が安くなると聞いていて知っていたが、課税の仕組みから考えて、同和会では、所得或いは経費等の額を不正に操作し書類上の辻つまを合わせただけのごまかしの申告をしていると思っていた。」、そして、「真面目に税を納めるのは馬鹿らしいことであり、自分も同和会に申告を頼みたいと思っていたところ、玉田を介して鈴木から(前示のごとき)その旨の勧誘があり、渡りに舟と頼んだものである。」旨供述しており、要するに、被告人は、捜査段階においては、同和会ないし鈴木らにおいてごまかしの申告をしていることを承知したうえで、自分も脱税の利益にあずかりたいと考え、前記所得税の不正申告を同人らに依頼し、その具体的処理を一任したものであることを明確に認めているのであり、そして、被告人の右捜査段階における供述は、その他の原判決挙示の各証拠によっても裏付けられているのであって、十分に信用できるところである。

もっとも、被告人においては、所論指摘のように、同和会がいかなる内容の不正申告をするものかを全く知らず、また本件所得税の(修正)申告書を事前に見せてもらっていなかったことも事実であったと認められる。しかし、被告人は、前認定のように、本件土地の売却譲渡による代金取得に伴い多額の所得税を納付しなければならないことを十分知っていて、かねて前記土地代金額を圧縮表示するなど税金逃れの方策を講じ、更に、同和会に頼めば経費等の不正操作によって、相当多額の税金を免れるよう不正申告するものと予測し、かつ、税金逃がれを期待して、その点の措置を鈴木らに一任して、本件脱税の依頼に及んだのであるから、そうである以上、共犯者が実際に行う脱税方法の具体的内容、方法等を被告人において承知していなくとも、偽りその他不正の行為をすることの認識、すなわち、脱税の故意に何ら欠けるところはないものというべきである。また、前認定の本件不正申告の経緯等に照らし、被告人が玉田を介するなどして鈴木ら同和会幹部の者との間で、順次本件犯行につき共謀を遂げたと認められるから、被告人において、本件犯行につき共同正犯としての罪責を免れえないことも明らかである。

その他、所論にかんがみ更に検討しても、原判決には所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

本件は、被告人が、共犯者である前記同和会幹部らと共謀のうえ、自己の所有土地を売却譲渡したことに伴う所得税を逋脱した事案であるが、逋脱税額は、正当税額四三八三万五〇〇〇円との差額四二八三万七二〇〇円と多額に上るうえ、その逋脱率は約九七・七パーセントと甚だ高率であって、悪質であること等に徴すると、被告人においては、共犯者からの脱税の勧誘に基づき本件脱税を依頼したものであること、被告人は、本件不正申告の実際の方法等につき具体的認識を欠き、またその指示もしていないこと、本件発覚後、修正申告により正当税額全額を納付済みであること、被告人には本件同種の前科はもとより他の前科もないこと、その他所論指摘の点を斟酌しても、被告人を懲役八月(執行猶予三年)に処し、これに罰金一二〇〇万円を併科した原判決の量刑は、懲役刑の刑期等のほか、罰金の併科及び罰金額の点においても相当であって、重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 裁判官 久米喜三郎)

○控訴趣意書

所得税法違反控訴被告事件

被告人 山本寿

右控訴人の前記刑事被告人事件に関する控訴の趣旨は左のとおりである。

昭和六一年五月一五日

弁護人弁護士 山本淳夫

大阪高等裁判所 御中

原審の判決は事実誤認があり亦その罰金刑につき量刑不当である。

一、控訴人には本件につき故意がなく無罪である。仮りに故意ありとしても未必の故意で確定的故意はない。

〔理由一〕昭和五五年一二月、鈴木、長谷部、渡守は大阪国税局同和対策室長と会談し、昭和四三年の解放同盟と大阪国税局(高木局長)との確認事項を巡って話し合い。

1.窓口一本化

2.解放同盟と同じ取扱いをする事

3.青色、白色申告を問わず全日本同和会の申告を尊重する事

の三点を確認し、京都の筆頭税務署である上京税務署副署長と同年一二月二〇日会い全日本同和会の申告については総務課長扱いとするその話し合いがなされたこと

〔理由二〕全日本同和会は個別事件について担当職員と事前に相談をし知恵を授けられ大体架空領収書又は架空債務負担行為によって辻棲合わせを教えられて有限会社同和産業、株式会社ワールドとの架空債務作出の受皿会社の設立によって起訴状記載の如き方法で右京税務署だけで一〇〇件以上あったわけである。

彼等が前記確認事項によってすべて政府機関によって認められていると信じていたが故に同一類型の所得申告がなされてきた事は言を俟たない。

〔理由三〕全日本同和会自体が適法な申告であると考えていたのであるからその部外者である控訴人は具体的方法にも申告にも関知せず玉田善治を介しての鈴木元動丸よりの「全日本同和会に頼めば安くなる。おっさんに世話になっているからいってやれ」という言葉を信じ依頼しただけであっていかなる方法で税務申告をするのかは全く関知していないものである。仮に控訴人は鈴木等の申告のやり方が違法であるということを知っていれば断じてかかる不正申告はしなかった。故に脱税の故意はないことは明白である。

二、本件は控訴人が昭和五六年一〇月頃控訴人所有の伏見区中島堀端町四一の土地を丸元観光開発株式会社(代表取締役玉田善治・取締役鈴木元動丸・監査役長谷部純夫)のバス置場に貸してやりその間現在にいたる迄事業資金として二〇〇〇萬円程融資をして陰になり日向になって力になって来た関係で鈴木が恩返しをしたいという気持で玉田に対し「おっさんに税金のことならうちの同和会を通してやれば安くなるというてやれ」といったので玉田は控訴人に伝言し控訴人は昭和五七年度、昭和五八年度の申告を同和会に委せたものである。

昭和五八年五月九日控訴人は伏見区中島外山町二〇の土地四〇〇坪を孫仲奎に金三〇七〇〇萬円也で譲渡したところ鈴木は前記の如き申出を玉田を通じて控訴人にしたところ控訴人は「別の土地を買うから税金はかからんと思う」と断った。その後控訴人は昭和六〇年三月の申告期が近づいたところで控訴人は玉田に税の申告を鈴木に頼んだものである。然し控訴人は本件起訴にかかるが如き脱税を依頼した覚えはなく、合法的に節税をしてもらう意思で依頼したものである。控訴人は税の申告時期(三月一六日)がすぎても税の申告の控えも同和会よりこないし亦どのようになっているかもわからないうちに昭和六〇年五月一〇日鈴木が逮捕されたものである。

結局控訴人は全日本同和会が控訴人に代って申告をしたのか亦いかなる内容の申告をしたかも知らず本件脱税事件に巻き込まれてしまったのである。この事実は控訴人の供述調書その他の関係者の供述調書上の各供述によっても明らかである。控訴人が全日本同和会のなした申告書を見た上でかかる事件にまきこまれたのなら控訴人の故意を認定するのも肯定しうるが、全く申告したことすらしらない(申告書上の署名は控訴人の自書によるものでないし印影も控訴人の所持する印鑑によるものではない)。控訴人に有罪判決を付するのは暴挙としかいいようがない。

三、本件は本来起訴されるべきケースではなく強力な権限を持つ税務当局の行政指導によってその事件を正当な方向に指導し得たものであるに拘らず全日本同和会の鈴木、長谷部、渡守等が自ら事件を否認したことによって検察当局の恣意により無理に積み込まれた事件である。

かかる状況からみると、控訴人は故意もなく起訴状記載の如き共謀による共同正犯とも言い難いものであるから無罪である。

四、控訴人は昭和六〇年九月二〇日修正申告し昭和六〇年一〇月二日四三〇〇萬円也を伏見税務署に納付済みであり国家に対する義務は全て果している。

五、以上の見地から原審が控訴人に対してなした判決には事実誤認があり事実を素直にみていくと本件は無罪であることは明らかである。仮りに有罪としても罰金一二〇〇萬円也の併科刑は不当なものであるから少なくとも罰金刑の宣告の免除の御配量を賜わりたい。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例